100日後に履かれるAlden〜98日目: オールデンとは愛である

オールデンから学んだ愛。

100日後に履かれるオールデン!

ついに、あと3記事を残すばかり。言い残したことはないか?と改めて考えても、もうなんもありません。むしろ息切れだよ!!

もしこれを読んでいる方で、「履き下ろしたいんだけどなかなかタイミングがなぁ」という靴をお持ちの方がいたら、ご一緒にいかがでしょう!

多分こんな企画は二度とやらないので(笑)最初で最後のチャンス!!

嬉しいことに、お便りいただいたOchameGGさんも履き下ろし企画に便乗いただけるとのこと!

https://ameblo.jp/ochamegg/

なにか履き下ろされた方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。ともに分かち合いましょう。

modifiedjp@gmail.com

までぜひお写真を!9月19日を履き下ろし記念日にしちゃいましょう!!

まぁ雨っぽいので、履き下ろすんだ!という靴の写真送っていただくので結構です。。。

あとはウイニングラン。ゴールテープのその先へ!

待ってろ世界!待ってろオールデン!

オールデンから学ぶ愛。

突然ですが、今日はオールデン、もとい愛についてのお話です。

愛とは、赦すことである。もでぃふぁいど はオールデンと約100日間向き合ってきて、学びました。

たとえば、オールデンの品質はお世辞にも超絶良いとは言えません。

縫製は怪しいところもあるし、

これでB品じゃないの!?という凹みも普通にあるし、

染料もついていれば、

ソールの装飾もズレています。

でもオールデンが好きな人って、こういうのを全て赦した上でオールデンを愛しているんですよね。こういう一つ一つ細かい部分にいちいち目くじらを立てて憂鬱になっていては、とてもオールデンは愛せません。

このように赦すということは、自分を救う事でもあるのだと思います。

新約聖書にもこうあります。

そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」

 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」

マタイによる福音書 18章21-22節

これが実感できる最たる例は、コードバンのオールデンのシワ入れです。

好みのシワ、好みでないシワ……この悩みは尽きないものです。どんなに頑張って準備して、気合いを入れてシワ入れをしても、理想のシワはなかなか入らないもんです。

もちろん無限にシワ入れを練習できるのであれば話は別ですが、昨今のオールデンの価格的にもそれができる方は限られるはず……。

どこかで折り合いをつけて、つまり自分のオールデンのシワを赦し、人とオールデンとは長く付き合っていくのだろうと思います。

これはある意味、人とのつき合い方にも通ずるところがあります。

気心知れたパートナーであろうと、自分から生まれた子であろうと、どこかしらに自分とは相容れない部分があります。他人であればなおさらです。

しかしそれはお互い様でもあります。相手からしたら、こちらに相容れない部分があるでしょう。

同様に、我々がオールデンに目くじらをたてるとき、オールデンも我々に目くじらを立てるのです。

「おまえはそんなに色々、私にケチをつけられるような立派な人間なのか?」と。

オールデンには不良箇所があるように、もでぃふぁいど にも欠点があるでしょう。人でもオールデンでも、まずは相手のそういった部分を赦さなくてはなりません。

まず相手を赦し、相手に赦され、初めて長く付き合っていくためのスタートラインに立てるのです。

人の、オールデンの、過ちを赦せること。

赦すとか言うと大袈裟ですが「まぁしょうがねえな」とお互いに言えること。そういう関係を築いていくこと。

これは大袈裟なことではなく、この世界がより良くなっていく上で必要なことのように思われるのです。

オールデンには世界平和への1歩目が詰まっている。

オールデンには赦しが必要。赦すことは愛である。

つまり、オールデン=愛なのです。

今日のモディファイ!

でもクリスマスも正月も盆休みも大好きな無節操日本人です

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